弁護士大窪のコラム

2026.07.21更新

「残業をしても残業代が支払われていない」「固定残業代しかもらっていないが、実際の残業はそれを大きく超えている」「退職したが在職中の残業代を請求したい」といったご相談をお受けすることがあります。まず結論から申し上げますと、法律上支払われるべき残業代が支払われていないのであれば、これを請求することは可能です。もっとも、残業代の請求権には時効があり、時間が経つにつれて古い月の分から順に請求できなくなっていきます。そして、いくら残業をしたかを示す証拠が手元にあるかどうかで、実際に回収できる金額は大きく変わってきます。この二点を踏まえて、早めに動いていただくことが何よりも大切です。

はじめに、どのような場合に残業代が発生するのかを整理しておきます。労働基準法は、原則として一日八時間、一週四十時間を超えて労働させてはならないと定めており(同法三十二条)、これを超えて働かせる場合には、使用者は割増賃金を支払わなければなりません(同法三十七条)。割増率は、法定労働時間を超える時間外労働については二割五分以上、深夜(午後十時から午前五時まで)の労働については二割五分以上、法定休日の労働については三割五分以上とされています。さらに、一か月に六十時間を超える時間外労働については五割以上の割増率となり、これは従来猶予されていた中小企業についても、令和五年四月一日から適用されています。「固定残業代(みなし残業代)を払っているから追加の支払は不要だ」「あなたは管理職だから残業代は出ない」といった説明を受けることがありますが、固定残業代を超える残業があればその超過分は当然に請求できますし、いわゆる管理監督者にあたるかどうかも実態に即して判断されますので、会社の説明をそのまま受け入れる必要はありません。

次に、被害を大きくしないために避けていただきたいことがあります。最も避けたいのは、「いつか請求しよう」と考えたまま何もせずに放置してしまうことです。後で述べるとおり残業代の請求権は時効によって消えていきますので、放置している間にも、請求できたはずの古い月の分が一か月また一か月と失われていきます。また、在職中の方であれば、タイムカードや業務日報、パソコンのログ、業務に関するメールの送受信時刻、入退館の記録といった、労働時間を裏づける資料を、可能な範囲で早めに確保しておいていただくことが重要です。退職してしまうと、こうした資料を手に入れることが難しくなることが少なくありません。感情的に会社と対立してしまい、必要な資料を確保できないまま関係が断たれてしまうことも、できれば避けたいところです。

そして、特に注意していただきたいのが時効です。令和二年四月一日に施行された労働基準法の改正により、賃金請求権の消滅時効期間は、本来は五年、ただし「当分の間」は三年とされました(同法百十五条)。これは令和二年四月一日以降に支払期日が到来する賃金について適用されます(なお、退職金の請求権の時効は従来どおり五年です)。残業代を含む賃金の時効は、それぞれの給与の支払日を起算点として日々進行していきますので、放置すればするほど、請求できる範囲が古い方から狭まっていきます。この「当分の間三年」という経過措置については、日本弁護士連合会が令和七年六月にその速やかな撤廃(本来の五年への移行)を求める会長声明を出すなど、見直しを求める動きがあり、改正法の施行から五年が経過したことを踏まえた検討が今後行なわれる見込みですが、現時点ではなお三年とされています。したがって、いずれ五年に延びる可能性があるとしても、それを当てにして待つのではなく、今の時点で請求できる範囲を確保するために早めに動いていただくのが安全です。なお、時効が完成しそうな場合には、内容証明郵便で支払を求める(催告する)ことによって、六か月間は時効の完成が猶予されますので(民法百五十条)、その間に交渉や法的手続の準備を進めることになります。

実際に請求する場面での手段としては、まずは会社との話し合い・交渉から始め、それで解決しない場合には、労働審判や訴訟といった裁判所の手続を用いることになります。訴訟で認められた場合には、未払の残業代そのものに加えて、遅延損害金を請求することができます。遅延損害金の利率は、在職中の期間については民法の定める法定利率(令和八年四月以降も引き続き年三パーセントとされています)ですが、退職後の期間については、賃金の支払の確保等に関する法律により年十四・六パーセントとなります(ただし、会社が支払わないことについて合理的な理由があって争っている場合などには、この高い利率が適用されないこともあります)。さらに、割増賃金が支払われていなかったような場合には、裁判所は、労働者の請求により、未払額と同額までの「付加金」の支払を会社に命じることができます(労働基準法百十四条)。もっとも、付加金を命じるかどうかは裁判所の裁量に委ねられており、必ず認められるものではありません。

費用や期間の見通しについては、証拠がどの程度そろっているか、会社が争ってくるかどうか、金額の多寡などによって大きく異なりますので、一律に申し上げることは難しいところです。ご相談の際に、想定される手続の流れとあわせて、費用の見込みについてもご説明いたします。残業代の請求は、証拠を確保できているかどうかと、時効で消えてしまう前に動けるかどうかが結果を大きく左右します。未払の残業代があるのではないかと思われた際には、まずはお早めにご相談いただければと思います。

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投稿者: 弁護士大窪和久

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