弁護士大窪のコラム

2022.06.24更新

インターネット上において、犯罪歴が投稿されてしまい、生活に支障が出るので削除できないかという相談をよく受けます。

しかし、インターネット上の犯罪歴の削除請求については容易ではありません。2017年1月31日に最高裁がグーグル上の検索結果(犯罪歴が示されている)の削除について「当該事実を公表されない法的利益と当該URL等情報を検索結果として提供する理由に関する諸事情を比較衡量して判断すべきもので,その結果,当該事実を公表されない法的利益が優越することが明らかな場合には,検索事業者に対し,当該URL等情報を検索結果から削除することを求めることができるものと解するのが相当である」との判断を行っています。その後の下級審では、インターネット上の犯罪歴の削除請求においては同最高裁判例の考え方に従い、犯罪歴は公共の利害に関する事項であって本件事実を公表されない法的利益が優越することが「明らか」であるとはいえないとして請求を認めない判断をすることが多くなりました。

ただ、上記最高裁の判断は検索事業者の事業の性格(インターネット上の情報流通の基盤)に着目したものであって、検索事業者以外について同様の判断をすべきか否かという点は別途考慮されるべきところです。

この点、2022年6月24日に最高裁はツイッター上での犯罪歴の削除請求について新たな判断を行いました。最高裁は、犯罪事実の削除の可否については、「上告人の本件事実を公表されない法的利益と本件各ツイートを一般の閲覧に供し続ける理由に関する諸事情を比較衡量して判断すべきものであって、その結果、本件事実を公表されない法的利益が本件各ツイートを一般の閲覧に供し続ける理由に優越する場合には、本件各ツイートの削除を求めることができるものと解するのが相当である」と判断しました。原審はツイートの削除については「犯罪事実を公表されない法的利益が優越することが明らかな場合」に限られるという前記2017年1月31日の規範をつかって判断していますが、最高裁は「ツイッターの利用者に提供しているサービスの内容やツイッターの利用の実態等を考慮しても、 そのように解することはできない」とこれを否定しています。

したがって、インターネット上での犯罪歴の削除請求(検索結果を除く)については、犯罪事実を公表されない法的利益が優越することが「明らか」な場合に限らず、優越すると認められる場合にも認められることが最高裁の判断により明確になりました。今後の裁判所の判断にも大きく影響するものですので、ここで紹介させて頂きました。

なお、2022年6月24日最高裁判決の補足意見(草野耕一裁判官)は、犯罪の実名報道について具体的な効用があるのかという点について検討を行っており、その内容が大変説得的であると考えました。該当部分は次の通りです。

「実名報道がもたらす第一の効用は、実名報道の制裁としての働きの中に求めることができる。実名報道に、一般予防、特別予防及び応報感情の充足という制裁に固有の効用があることは否定し難い事実であろう(この効用をもたらす実名報道の機能を、以下、「実名報道の制裁的機能」という。)。しかしながら、犯罪に対する制裁は国家が独占的に行うというのが我が国憲法秩序の下での基本原則であるから、実名報道の制裁的機能が生み出す効用を是認するとしても、その行使はあくまで司法権の発動によってなされる法律上の制裁に対して付加的な限度においてのみ許容されるべきものであろう。したがって、本事件のように、刑の執行が完了し、刑の言渡しの効力もなくなっている状況下において、実名報道の制裁的機能が もたらす効用をプライバシー侵害の可否をはかるうえでの比較衡量の対象となる社 会的利益として評価する余地は全くないか、あるとしても僅少である。」

「実名報道がもたらす第二の効用は、犯罪者の実名を公表することによって、 当該犯罪者が他者に対して更なる害悪を及ぼす可能性を減少させ得る点に求めることができる(この効用をもたらす実名報道の機能を、以下、「実名報道の社会防衛機能」という。)。しかしながら、この効用は個人のプライバシーに属する事実を みだりに公表されない利益が法的保護の対象となるとする価値判断と原則的に相容れない側面を有している。なぜならば、人が社会の中で有効に自己実現を図っていくためには自己に関する情報の対外的流出をコントロールし得ることが不可欠であり、この点こそがプライバシーが保護されるべき利益であることの中核的理由の一つと考えられるからである。したがって、実名報道の社会防衛機能がもたらす効用をプライバシー侵害の可否をはかるうえでの比較衡量の対象となる社会的利益として評価し得ることがあるとしても、それは、再犯可能性を危惧すべき具体的理由がある場合や凶悪事件によって被害を受けた者(又はその遺族)のトラウマが未だ癒されていない場合、あるいは、犯罪者が公職に就く現実的可能性がある場合など、 しかるべき事情が認められる場合に限られると解するのが相当であるところ、本事件にはそのような事情は見出し難い。」

「第三に、実名報道がなされることにより犯罪者やその家族が受けるであろう 精神的ないしは経済的苦しみを想像することに快楽を見出す人の存在を指摘せねば ならない。人間には他人の不幸に嗜虐的快楽を覚える心性があることは不幸な事実 であり(わが国には、古来「隣りの不幸は蜜の味」と嘯くことを許容するサブカルチャーが存在していると説く社会科学者もいる。)、実名報道がインターネット上で拡散しやすいとすれば、その背景にはこのような人間の心性が少なからぬ役割を果たしているように思われる(この心性ないしはそれがもたらす快楽のことを社会科学の用語を使って、以下、「負の外的選好」といい、負の外的選好をもたらす実名報道の機能を、以下、「実名報道の外的選好機能」という。)。しかしながら、 負の外的選好が、豊かで公正で寛容な社会の形成を妨げるものであることは明白であり、そうである以上、実名報道がもたらす負の外的選好をもってプライバシー侵 害の可否をはかるうえでの比較衡量の対象となる社会的利益と考えることはできない(なお、実名報道の外的選好機能は国民の応報感情を充足させる限度において一定の社会的意義を有しているといえなくもないが、この点については、実名報道の制裁機能の項において既に斟酌されている。)。」

現在のインターネットでは、草野裁判官のいうところの「実名報道の外的選好機能」により、実名報道の内容が広く拡散してしまい、拡散した報道内容を削除することも難しい状態になっています。今回の最高裁判決をうけて、このような状態が少しでも改善されることを期待します。

投稿者: 弁護士大窪和久

2022.06.14更新

本年6月13日に、刑法等の一部を改正する法律が参議院で可決成立しました。

今回の刑法改正の内容の一つとして、侮辱罪の厳罰化があります。現行法では刑法231条において、「事実を摘示しなくても、公然と人を侮辱した者は、拘留又は科料に処する」と定められておりますが、改正法ではこれに加え、1年以下の拘禁刑(現行法上の懲役・禁固)、30万円以下の罰金についても課することができるようになりました。この改正の理由としては、「近年における公然と人を侮辱する犯罪の実情等に鑑み、侮辱罪の法定刑を引き上げる必要がある」とのことです。

確かに、私が受ける法律相談の中でも、近年はインターネット上の誹謗中傷が非常に多くなっており、立法事実はあると考えます。また、侮辱罪の場合、法定刑が低いこともあってか、立件できるだけの証拠を被害者側が全て揃えた場合であっても、検察官が不起訴処分にしてしまうなどのケースも見受けられました。

今回の法定刑の引き上げにより、従来より捜査機関が侮辱行為について積極的に捜査立件することになるのではないかと思われます。もっとも、特にSNSの匿名の投稿の場合、捜査機関が捜査に乗り出す前にプロバイダの有する発信ログが消去されてしまい、投稿者の特定に至らず立件もできないといったケースも珍しくはありませんので、まずは弁護士に相談されることをお勧め致します。

 

投稿者: 弁護士大窪和久

2022.03.26更新

本年3月23日に、個人情報保護委員会が破産者等の情報を公開するサイトに対して停止命令を行っています。
サイト上にプレスリリースが公開されています(こちら)。

プレスリリースによれば、サイト上で破産者等の情報をデータベース化した上、本人の同意なく第三者に個人情報を提供していることが個人情報保護法23条1項違反にあたるとして、今年2月18日付でサイトを停止するよう事業者に勧告したが、これに事業者が従わなかったということです。

そこで、法42条2項(個人情報保護委員会は、前項の規定による勧告を受けた個人情報取扱事業者等が正当な理由がなくてその勧告に係る措置をとらなかった場合において個人の重大な権利利益の侵害が切迫していると認めるときは、当該個人情報取扱事業者等に対し、その勧告に係る措置をとるべきことを命ずることができる)に基づきサイトの停止等を命令するに至りました。

サイト運営事業者がこの命令に従わなかった場合、法83条(第42条第2項又は第3項の規定による命令に違反した場合には、当該違反行為をした者は、1年以下の懲役又は100万円以下の罰金に処する)の罰則の適用も求めて刑事告発することを検討してもいるそうです。

従前破産者マップで破産者情報が公開され問題になったことがありますが、今回個人情報保護委員会が問題にしているサイトのように、破産者情報がインターネット上で公開される問題は継続しています。サイトの事業者が匿名で行って身元を隠しているようなこともあり、解決については容易ではありません。

サイト運営者は官報で公開されている情報であり問題ないとの認識のようですが、官報とインターネット上で誰でも見られる状態で情報拡散することは影響力に格段の差があり、それを理由として破産をすることを躊躇するという方も出てくると思います。停止命令には速やかに従っていただくことを願います。

 

投稿者: 弁護士大窪和久

2021.12.02更新

11月30日に、ツイッターの投稿のリツイートに対する法的責任を認めた東京地方裁判所の判決があり、各種メディアでも取り上げられています。

同判決の判決文については本日の時点では確認できておりませんが、ツイッターの投稿のリツイートに対する法的責任を認めた裁判例は珍しくありません。

昨年6月23日に大阪高等裁判所が出した判決(令和元年(ネ)第2126号)では、リツイートにより多数の閲読者が元ツイートを閲読することが可能な状態におかれることに着目し、「本件元ツイートの表現の意味内容が一般閲読者の普通の注意と読み方を基準として解釈すれば他人の社会的評価を低下させるものであると判断される場合,控訴人が本件投稿によって本件元ツイートの表現内容を自身のアカウントのフォロワーの閲読可能な状態に置くということを認識している限り,違法性阻却事由又は責任阻却事由が認められる場合を除き,本件投稿を行った経緯,意図,目的,動機等のいかんを問わず,本件投稿について不法行為責任を負うものというべきである」との判断を行なっています。確かに、元ツイートがそのままの形で拡散することそれ自体が被害を拡大するものですから、本高裁判決の考え方は基本的に妥当だろうと私も考えています。

クリック一つで簡単に行なうことができるリツイートですが、それを行なうことにより重い責任が課されることもありますので、リツイートを行なうにあたってはその点を考慮して行なうべきでしょう。

 

 

投稿者: 弁護士大窪和久

2021.09.24更新

朝日新聞で、「破産者マップ」で氏名や住所公開したことについて、2人がサイト運営者を提訴したとの報道がありました。その他メディアでも広く報道されています。

報道によれば、「破産者の情報を地図上に示した無料ウェブサイト「破産者マップ」でプライバシーと名誉を侵害されたとして、氏名や住所を掲載された2人がサイト運営者に計22万円の損害賠償を求める訴訟を東京地裁に起こした。「ネットの地図上で可視化するのは公益性がまったくない」と訴えている」とのことです。

サイト自体は個人情報保護委員会の行政指導により2019年3月に閉鎖されておりますが、それから約2年半経過してからの提訴となりました。各種報道によれば相手方本人の特定や送達に相当の時間を要したとのことですが、本件ではサイト運営者の身元が不明であり、特定に相当のコストがかかったことは容易に想像ができます。

サイト運営者側は争っており、いずれ地裁判決で判断がなされるものと思われます。訴訟については経過等わかればおってこちらでも取り上げたいと思います。

 

 

投稿者: 弁護士大窪和久

2021.09.15更新

毎日新聞で、「ネット上の中傷対策、侮辱罪に懲役刑導入 法制審総会で諮問へ」との記事が掲載されています。

同記事によれば、「インターネット上の誹謗(ひぼう)中傷対策として、上川陽子法相は14日、刑法の侮辱罪を厳罰化する法改正を16日の法制審議会(法相の諮問機関)総会に諮問すると発表した。侮辱罪の罰則は刑法で最も軽い「拘留(30日未満)または科料(1万円未満)」と規定されているが、新たに懲役や禁錮刑を導入する」とのことです。

侮辱罪の厳罰化があっても、匿名者の投稿について捜査機関が特定に及び腰であることから厳罰化自体にはあまり意味が無いのは既にブログに書かせて頂いたとおりです。ただ、この記事にも指摘がある公訴時効の長期化(1年から3年)という点については、侮辱罪の立件に繋がりやすくなる可能性はあります。

現在、匿名者の投稿について捜査機関が自ら特定を行なうことは消極的ですので、被害者側が自ら民事上の手続(プロ責法による発信者情報開示)を行なわなければならないことが通例です。ただこの手続にも半年~1年程度の時間がかかってしまい、現行法の侮辱罪ですと発信者情報開示の手続の間に公訴時効期間が経過してしまうという難点があります。この点のみを見てみれば改正の意味はあるかも知れません。

投稿者: 弁護士大窪和久

2021.08.11更新

8月10日にABEMA Prime「なりすましのせいで実害も?被害当事者に聞く 顔も売る時代に...被害は防げない? 」に出演しました。 https://gxyt4.app.goo.gl/jNBZw

時間の関係上番組中話せなかったこともありますので、おってブログの方にも書こうかと思います。

 

投稿者: 弁護士大窪和久

2021.06.06更新

読売新聞で「「社員が殺されても知らないぞ」匿名メールの情報開示認めず…最高裁が1・2審判断覆す」という記事が掲載されていました。

記事によると、「〈放火されて社員が殺されても知らないぞ〉2019年夏。東京都内の映像会社にこんな内容の匿名メールが繰り返し送りつけられた。36人が犠牲になった「京都アニメーション放火殺人事件」の直後だったこともあり、映像会社は責任を追及するため、送信者を特定することにした」「同社は、民事訴訟法の規定に着目。証拠の散逸などを防ぐために設けられた「証拠保全手続き」や、その証拠を提示させる規定を使い、ネット接続業者(プロバイダー)のNTTドコモを相手取り、送信者の氏名や住所などの開示を求める裁判を起こした」とのことです。

記事にも指摘がありますが、インターネット上での誹謗中傷の投稿者の発信者情報開示に用いられるプロバイダ責任制限法は、不特定多数に向けられた投稿のみを対象としており、メールやダイレクトメッセージといった「1対1」のメッセージは対象外とされています(この点日弁連からはプロバイダ責任制限法の改正にあたり「実効的な発信者情報開示請求のための法改正等を求める意見書」内において「1対1」のメッセージの送信者情報も開示の対象に含めるべきとの意見がでておりますが、改正法でもこの意見は入れられませんでした)。そこで被害に遭った映像会社は、訴えの提起前における証拠保全として,送信者の氏名・住所が記録された記録媒体等につき検証の申出をするとともにNTTドコモに対する検証物提示命令の申立てを行なったのです。

この点原決定(東京高裁)は、「本件メールが明白な脅迫的表現を含むものであること、本件メールの送信者情報は本件送信者に対して損害賠償責任を追及するために不可欠なものであること、本件記録媒体等の開示により本件送信者の受ける不利益や抗告人に与える影響等の諸事情を比較衡量すると、本件記録媒体等に記録され、又は記載された送信者情報は保護に値する秘密に当たらず、抗告人は、本件記録媒体等を検証の目的として提示する義務を負う」との判断を行い、申立てを認めました。

しかしながら、最高裁判所第1小法廷の決定(令和3年3月18日 令和2年(許)第10号)では、次のような理由付で原決定を破棄して申立を却下しました(なおこの決定は先日までは最高裁ホームページに掲載されていましたが現在は掲載されていないようです。裁判所時報1764号3頁には掲載はなされています。)

「(1) 民訴法197条1項2号は、医師、弁護士、宗教等の職(以下、同号に列挙されている職を「法定専門職」という。)にある者又は法定専門職にあった者(以下、併せて「法定専門職従事者等」という。)が職務上知り得た事実で黙秘すべきものについて尋問を受ける場合には、証言を拒むことができると規定する。これは、法定専門職にある者が、その職務上、依頼者等の秘密を取り扱うものであり、その秘密を保護するために法定専門職従事者等に法令上の守秘義務が課されていることに鑑みて、法定専門職従事者等に証言拒絶権を与えたものと解される。
 電気通信事業法4条1項は、「電気通信事業者の取扱中に係る通信の秘密は、侵してはならない。」と規定し、同条2項は、「電気通信事業に従事する者は、在職中電気通信事業者の取扱中に係る通信に関して知り得た他人の秘密を守らなければならない。その職を退いた後においても、同様とする。」と規定する。これらは、電気通信事業に従事する者が、その職務上、電気通信の利用者の通信に関する秘密を取り扱うものであり、その秘密を保護するために電気通信事業に従事する者及びその職を退いた者(以下、併せて「電気通信事業従事者等」という。)に守秘義務を課したものと解される。
 そうすると、電気通信事業従事者等が職務上知り得た事実で黙秘すべきものについて尋問を受ける場合に証言を拒むことができるようにする必要があることは、法定専門職従事者等の場合と異なるものではない。
 したがって、電気通信事業従事者等は、民訴法197条1項2号の類推適用により、職務上知り得た事実で黙秘すべきものについて証言を拒むことができると解するのが相当である。
 (2) 民訴法197条1項2号所定の「黙秘すべきもの」とは、一般に知られていない事実のうち、法定専門職従事者等に職務の遂行を依頼した者が、これを秘匿することについて、単に主観的利益だけではなく、客観的にみて保護に値するような利益を有するものをいうと解するのが相当である(最高裁平成16年(許)第14号同年11月26日第二小法廷決定・民集58巻8号2393頁参照)。
 電気通信事業法4条1項が通信の秘密を保護する趣旨は、通信が社会生活にとって必要不可欠な意思伝達手段であることから、通信の秘密を保護することによって、表現の自由の保障を実効的なものとするとともに、プライバシーを保護することにあるものと解される。電気通信の利用者は、電気通信事業においてこのような通信の秘密が保護されているという信頼の下に通信を行っており、この信頼は社会的に保護の必要性の高いものということができる。そして、送信者情報は、通信の内容そのものではないが、通信の秘密に含まれるものであるから、その開示によって電気通信の利用者の信頼を害するおそれが強いというべきである。そうである以上、電気通信の送信者は、当該通信の内容にかかわらず、送信者情報を秘匿することについて、単に主観的利益だけではなく、客観的にみて保護に値するような利益を有するものと解される。
 このことは、送信者情報について電気通信事業従事者等が証人として尋問を受ける場合と、送信者情報が記載され、又は記録された文書又は準文書について電気通信事業者に対する検証物提示命令の申立てがされる場合とで異なるものではないと解するのが相当である。
 以上によれば、電気通信事業者は、その管理する電気通信設備を用いて送信された通信の送信者情報で黙秘の義務が免除されていないものが記載され、又は記録された文書又は準文書について、当該通信の内容にかかわらず、検証の目的として提示する義務を負わないと解するのが相当である。」

上記の通り、最高裁の判断は、送信者本人が開示に同意するような場合を除けば一切送信者情報の開示を認めないというものです。この点、本件が現に京アニ事件を模倣した極めて悪質な内容の脅迫を受けている被害者による申立であることを考えると、利益考慮の点では原決定のように送信者情報については開示を認めるのが妥当ではないかと私は考えますが、そのような利益考慮を前提とした判断を最高裁は行ないませんでした。そして最高裁が現行法のもとでは開示を認められないと判示してしまった以上、今後民事手続において匿名者のメールやダイレクトメッセージの送信者情報の開示を求めることは不可能になりました。

勿論、刑事手続上では捜査機関がプロバイダに捜査関係事項照会を行なったり、裁判所の令状を取って捜索差押を行なう場合には、プロバイダがこれに応じて送信者情報の開示に応じることはあります。ただ捜査を行なうかどうかは捜査機関の判断に委ねられており、匿名者の脅迫や詐欺被害について捜査機関が捜査に着手しない場合には、被害救済の手段は一切閉ざされてしまうことになります。脅迫や詐欺の加害者が匿名であり、メールやダイレクトメッセージ、LINEしか手がかりがないような場合には事実上泣き寝入りすることになるおそれが高いです。

私は、脅迫や詐欺の被害者に迅速に民事的な被害回復を実現させるため、立法により送信者情報の開示を認めるべきであると考えます。立法に当たっては当然憲法上の権利である通信の秘密の保護をどのように図るかは慎重に検討されるべきですが、少なくとも犯罪被害回復の為に通信の内容そのものではない送信者情報については開示の手段を設けるべきでしょう。

 

投稿者: 弁護士大窪和久

2021.05.25更新

時事ドットコムニュースで、ネットの誹謗中傷に関して、「自民党は25日、インターネット交流サイト(SNS)で相次ぐ誹謗(ひぼう)中傷への対応を議論するため、情報通信戦略調査会に設けた小委員会(小委員長・山下貴司元法相)の初会合を開いた。今後、刑法改正も視野に、侮辱行為の厳罰化など対策を議論する」との記事が掲載されていました。

確かに、侮辱罪は現行法で30日未満の拘留または1万円未満の科料と法定刑が定められており、名誉毀損罪の法定刑(3年以下の懲役若しくは禁錮又は50万円以下の罰金)に比べても著しく軽いという問題点があります。このため、警察が捜査に及び腰になってしまうという面があることは否定できません。

ただ、ネットの誹謗中傷に関して法定刑が軽いという問題点より重要なことは、匿名の投稿について捜査機関が投稿者を特定できないことを理由として捜査に消極的になるという点です。SNSの運営会社は裁判所の令状がなければ匿名の投稿者の情報について捜査機関に開示するとしていますが、捜査機関は令状をとってSNS運営に対して開示を求めることをなかなか行なおうとしません。民事上の発信者情報開示を行なって被害者側が匿名の投稿について初めて捜査に着手するのが一般的です。

このような捜査機関側の対応が改まらない限り、厳罰化がなされても結局立件に至ることはありませんので、ネット中傷は防げないことに変わりはありません。

投稿者: 弁護士大窪和久

2021.04.22更新

以前も当ブログでとりあげていた、プロバイダ責任制限法の改正案が昨日21日の参議院本会議で可決されました。改正法は2022年末までに施行される予定です。

本法律改正では、こちらの記事でも取り上げられている新しい裁判手続(これまで二度の手続を要していた発信者情報開示が一回の手続で完結するようになる)が目玉となっていますが、それ以外にもログイン情報の開示を明文で認めたり、裁判外での開示促進に関する条文を入れるなど、従前の制度より改善されている点がいくつかあります。

もっとも、改正法でも開示の要件緩和しませんでしたので、法改正がなされたとしても権利侵害の明白性についてプロバイダ側が厳しく争ってくることには違いはありませんし、新しい裁判手続についてはプロバイダ側が異議を出して正式な裁判に持ち込むことも可能ですので、どこまで開示者にとって利便性が高まるかについては運用が始まってみないと分からない点が多いです。また、本改正案の付帯決議で定められた事業者向けガイドラインの作成で、どのような内容が定められるのかも注目していきたい所です。新しい情報が入ってきましたらまた当ブログで取り上げてみたいと思います。

 

 

投稿者: 弁護士大窪和久

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