皆さんもスマートフォンで日常的に写真を撮りますよね。美しい風景、美味しそうな料理、面白い出来事など、様々な瞬間を切り取ってSNSに投稿することも多いでしょう。そのとき、「この写真は自分の著作物だ」と意識することはありますか?
実は、スマホで撮影した写真が、必ずしも著作権法で保護される「著作物」と認められるわけではありません。
今回は、まさにその点が争われた裁判例(東京地裁令和5年7月6日判決)をご紹介します。
事件の概要:何が争われたのか?
この事件は、ある司法書士X氏が起こしたものです。
1. X氏は、ご自身が裁判所に申し立てた「発信者情報開示仮処分命令申立書」という書類一式をiPhoneで撮影し、その写真をTwitter(現X)に投稿しました。
2. すると、氏名不詳の発信者が、X氏が投稿したその写真を自身の投稿に添付し、「申立てをしたというなら、受付印を受けた控えの画像が出てくるのかと思ったのだが。」と、X氏の投稿内容を揶揄するような文章を投稿しました。
3. これに対しX氏は、「自分が撮影した写真の著作権が侵害された」などと主張し、プロバイダに対して発信者の情報開示を求めました。
つまり、争いの出発点は「X氏がiPhoneで撮影した申立書類の写真は、そもそも著作権で保護される『著作物』なのか?」という点でした。
裁判所の判断①:その写真は「著作物」ではない
結論から言うと、裁判所はこの写真の著作物性を否定しました。 つまり、「著作物にはあたらない」と判断したのです。
著作権法では、「著作物」を「思想又は感情を創作的に表現したもの」と定義しています。 写真の場合、被写体の選定、構図やアングルの決定、光量の調整、シャッターチャンスの捉え方などに撮影者の「創作性」が表現されると考えられています。
では、なぜ今回の写真は「創作性」がないと判断されたのでしょうか。裁判所は、以下の点を指摘しています。
・ 構図がありふれている
写真は、複数の書類を少しずらして重ね、その全体がだいたい収まるように真上から撮影した、ごくありふれたものでした。
• 撮影方法に格別の工夫がない
光量、シャッタースピード、ズーム倍率などについても、撮影者であるX氏が特に工夫を凝らしたとは認められませんでした。
iPhoneをはじめとするスマートフォンのカメラは非常に高性能で、誰でも簡単に綺麗な写真が撮れるように、多くの設定が自動で調整されます。 そのため、ただ被写体に向けてシャッターを切っただけでは、撮影者の「思想又は感情」が「創作的に表現」されたとは言えなくなってしまう可能性があるのです。
この裁判所の判断は、「アイデアと表現の二分論」という知的財産権の基本的な考え方に基づいています。これは、「アイデア(着想)」そのものは皆で自由に利用できるものとし、それを具体的に「表現」した部分だけを保護するという考え方です。今回のケースで言えば、「申立書類の写真を撮って投稿する」というアイデアは保護されず、その具体的な「表現」である写真に創作性が認められなかったため、著作権による保護の対象外と判断されたわけです。
裁判所の判断②:「仮に」著作物だとしても「適法な引用」にあたる
さらに、裁判所はもう一歩踏み込んで、「仮にこの写真が著作物だったとしても」という仮定の上での判断も示しました。 結論として、発信者の行為は「適法な引用」にあたり、著作権侵害にはならないと判断したのです。
著作権法では、一定の条件を満たせば、他人の著作物を自分の著作物の中で利用することができます。これが「引用」です。裁判所は、今回のケースが以下の点から「引用」の条件を満たすと判断しました。
• 目的の正当性:発信者の投稿は、X氏が「申立てをした」と投稿しているにもかかわらず、その証拠となる写真に「受付印」がないことを批評する目的がありました。 このように、批評の対象を明確にするために写真を利用することは、正当な範囲内だと認められました。
• 公正な慣行:投稿の文脈から、一般の閲覧者が普通に読めば、写真の出所(撮影者がX氏であること)は分かると判断されました。 そのため、批評の目的や態様などを考慮すると、写真を添付したことは公正な慣行に合致していると認められたのです。
また、著作者の氏名を表示する権利(氏名表示権)の侵害についても、裁判所は同様の理由から、文脈上著作者が誰であるか明らかであるため、氏名の表示を省略することは許されると判断しました。
この裁判例から、次の二つの点を読み取る事が可能です。
1. 「自分で撮った写真=著作物」とは限らない
特に、何かの商品を記録したり、書類を複写する目的で真正面から撮影したりするなど、被写体をありのままに写しただけの写真は、創作性が否定されやすい傾向にあります。 自分の写真に著作権を主張するためには、構図、アングル、光と影の効果、背景の選択など、何らかの形で「自分ならではの創意工夫」が表現されている必要があります。
2. 他人の写真の利用は慎重に
今回のケースでは、結果的に著作物性が否定され、引用も認められました。しかし、これはあくまで個別の事案に対する判断です。安易に他人の写真をコピーして自分の投稿に使うことは、非常に高いリスクを伴います。もしその写真に創作性が認められれば、当然、著作権侵害を問われる可能性があります。
また、たとえ著作権侵害にならなくても、使い方によっては今回のように相手を揶揄したり、社会的評価を低下させたりする内容であれば、名誉毀損など別の問題に発展する可能性も十分にあります。
SNSが普及し、誰もが情報の発信者にも受信者にもなる時代だからこそ、写真一枚の取り扱いにも細心の注意が求められます。