インターネット上において、犯罪歴が投稿されてしまい、生活に支障が出るので削除できないかという相談をよく受けます。
しかし、インターネット上の犯罪歴の削除請求については容易ではありません。2017年1月31日に最高裁がグーグル上の検索結果(犯罪歴が示されている)の削除について「当該事実を公表されない法的利益と当該URL等情報を検索結果として提供する理由に関する諸事情を比較衡量して判断すべきもので,その結果,当該事実を公表されない法的利益が優越することが明らかな場合には,検索事業者に対し,当該URL等情報を検索結果から削除することを求めることができるものと解するのが相当である」との判断を行っています。その後の下級審では、インターネット上の犯罪歴の削除請求においては同最高裁判例の考え方に従い、犯罪歴は公共の利害に関する事項であって本件事実を公表されない法的利益が優越することが「明らか」であるとはいえないとして請求を認めない判断をすることが多くなりました。
ただ、上記最高裁の判断は検索事業者の事業の性格(インターネット上の情報流通の基盤)に着目したものであって、検索事業者以外について同様の判断をすべきか否かという点は別途考慮されるべきところです。
この点、2022年6月24日に最高裁はツイッター上での犯罪歴の削除請求について新たな判断を行いました。最高裁は、犯罪事実の削除の可否については、「上告人の本件事実を公表されない法的利益と本件各ツイートを一般の閲覧に供し続ける理由に関する諸事情を比較衡量して判断すべきものであって、その結果、本件事実を公表されない法的利益が本件各ツイートを一般の閲覧に供し続ける理由に優越する場合には、本件各ツイートの削除を求めることができるものと解するのが相当である」と判断しました。原審はツイートの削除については「犯罪事実を公表されない法的利益が優越することが明らかな場合」に限られるという前記2017年1月31日の規範をつかって判断していますが、最高裁は「ツイッターの利用者に提供しているサービスの内容やツイッターの利用の実態等を考慮しても、 そのように解することはできない」とこれを否定しています。
したがって、インターネット上での犯罪歴の削除請求(検索結果を除く)については、犯罪事実を公表されない法的利益が優越することが「明らか」な場合に限らず、優越すると認められる場合にも認められることが最高裁の判断により明確になりました。今後の裁判所の判断にも大きく影響するものですので、ここで紹介させて頂きました。
なお、2022年6月24日最高裁判決の補足意見(草野耕一裁判官)は、犯罪の実名報道について具体的な効用があるのかという点について検討を行っており、その内容が大変説得的であると考えました。該当部分は次の通りです。
「実名報道がもたらす第一の効用は、実名報道の制裁としての働きの中に求めることができる。実名報道に、一般予防、特別予防及び応報感情の充足という制裁に固有の効用があることは否定し難い事実であろう(この効用をもたらす実名報道の機能を、以下、「実名報道の制裁的機能」という。)。しかしながら、犯罪に対する制裁は国家が独占的に行うというのが我が国憲法秩序の下での基本原則であるから、実名報道の制裁的機能が生み出す効用を是認するとしても、その行使はあくまで司法権の発動によってなされる法律上の制裁に対して付加的な限度においてのみ許容されるべきものであろう。したがって、本事件のように、刑の執行が完了し、刑の言渡しの効力もなくなっている状況下において、実名報道の制裁的機能が もたらす効用をプライバシー侵害の可否をはかるうえでの比較衡量の対象となる社 会的利益として評価する余地は全くないか、あるとしても僅少である。」
「実名報道がもたらす第二の効用は、犯罪者の実名を公表することによって、 当該犯罪者が他者に対して更なる害悪を及ぼす可能性を減少させ得る点に求めることができる(この効用をもたらす実名報道の機能を、以下、「実名報道の社会防衛機能」という。)。しかしながら、この効用は個人のプライバシーに属する事実を みだりに公表されない利益が法的保護の対象となるとする価値判断と原則的に相容れない側面を有している。なぜならば、人が社会の中で有効に自己実現を図っていくためには自己に関する情報の対外的流出をコントロールし得ることが不可欠であり、この点こそがプライバシーが保護されるべき利益であることの中核的理由の一つと考えられるからである。したがって、実名報道の社会防衛機能がもたらす効用をプライバシー侵害の可否をはかるうえでの比較衡量の対象となる社会的利益として評価し得ることがあるとしても、それは、再犯可能性を危惧すべき具体的理由がある場合や凶悪事件によって被害を受けた者(又はその遺族)のトラウマが未だ癒されていない場合、あるいは、犯罪者が公職に就く現実的可能性がある場合など、 しかるべき事情が認められる場合に限られると解するのが相当であるところ、本事件にはそのような事情は見出し難い。」
「第三に、実名報道がなされることにより犯罪者やその家族が受けるであろう 精神的ないしは経済的苦しみを想像することに快楽を見出す人の存在を指摘せねば ならない。人間には他人の不幸に嗜虐的快楽を覚える心性があることは不幸な事実 であり(わが国には、古来「隣りの不幸は蜜の味」と嘯くことを許容するサブカルチャーが存在していると説く社会科学者もいる。)、実名報道がインターネット上で拡散しやすいとすれば、その背景にはこのような人間の心性が少なからぬ役割を果たしているように思われる(この心性ないしはそれがもたらす快楽のことを社会科学の用語を使って、以下、「負の外的選好」といい、負の外的選好をもたらす実名報道の機能を、以下、「実名報道の外的選好機能」という。)。しかしながら、 負の外的選好が、豊かで公正で寛容な社会の形成を妨げるものであることは明白であり、そうである以上、実名報道がもたらす負の外的選好をもってプライバシー侵 害の可否をはかるうえでの比較衡量の対象となる社会的利益と考えることはできない(なお、実名報道の外的選好機能は国民の応報感情を充足させる限度において一定の社会的意義を有しているといえなくもないが、この点については、実名報道の制裁機能の項において既に斟酌されている。)。」
現在のインターネットでは、草野裁判官のいうところの「実名報道の外的選好機能」により、実名報道の内容が広く拡散してしまい、拡散した報道内容を削除することも難しい状態になっています。今回の最高裁判決をうけて、このような状態が少しでも改善されることを期待します。