弁護士大窪のコラム

2026.08.17更新

X(旧Twitter)に事実に反する書き込みや中傷をされ、誰が投稿したのかを明らかにしたい、というご相談をお受けすることがあります。発信者情報の開示は、私が中心的に取り扱っている分野の一つですので、まず結論から申し上げますと、Xの匿名のアカウントによる投稿であっても、投稿者を特定できる場合は少なくありません。もっとも、Xには、投稿そのものを行なった時のIPアドレスを保有していないことや、後で述べる裁判上の手続を段階を踏んで進めなければならないことなど、他のサービスとは異なる特有の事情があり、また通信の記録が保存されている期間にも限りがありますので、特定できるかどうかは、着手の早さに大きく左右されます。残念ながら特定できないこともある、というのが正直なところですが、だからこそ、早めに手続を始めていただくことが何よりも大切です。

はじめに、投稿者を特定するための手続の枠組みを確認しておきます。インターネット上の匿名の投稿について、その投稿者を明らかにするためには、おおまかにいえば、まず投稿がされたサービスの提供者(X)から、投稿に用いられたIPアドレスなどの情報を開示させ、次に、そのIPアドレスから判明する通信会社(経由プロバイダ)に対して、契約者の氏名・住所の開示を求める、という二つの段階を経ることになります。令和四年十月からは、これらをできるだけ切れ目なく進めることを念頭に置いた「発信者情報開示命令」という制度も設けられました(当時のプロバイダ責任制限法、現在の情報流通プラットフォーム対処法に基づくものです)。この制度には、次にどの通信会社へ手続を進めればよいかをサービスの提供者に明らかにさせる「提供命令」や、通信の記録が消されないよう保全を命じる「消去禁止命令」といった手段が付属しており、サービスの提供者がこれらに応じてくれる場合には、二つの段階を比較的スムーズに進めることができます。いずれの手続でも、開示が認められるためには、その投稿によって権利が侵害されたことが明らかであること、そして発信者情報の開示を受けるべき正当な理由があること、という要件を満たす必要があります。単に不快であるとか腹立たしいというだけでは足りず、名誉を毀損する事実の摘示にあたるなど、法的に保護される権利の侵害があるといえることが求められる、という点にはご留意いただきたいと思います。

もっとも、Xについては、この枠組みがそのままには当てはまらない、という点に注意が必要です。まず、Xは、一般に、投稿がされた時点のIPアドレスを保有しておらず、開示を求めても得られるのは、そのアカウントにログインした際のIPアドレス(ログイン情報)であることが多いという事情があります。加えて、実務上、Xは前述の提供命令には応じない取扱いが続いており、提供命令を使って経由プロバイダを早い段階で把握する、という道が現実には使いにくいのが実情です。そのため、Xに対しては、まず発信者情報開示の仮処分を申し立てて、ログイン時のIPアドレスなどのログイン情報を開示させ、そのうえで、そこから判明した経由プロバイダに対して、改めて発信者情報開示命令(あるいは開示請求の訴訟)を申し立てて契約者の氏名・住所の開示を求める、という二段階の手続を、それぞれ別々に進めていくことになります。なお、Xは、アカウントの登録に用いられたメールアドレスや、場合によっては電話番号を保有していることがあり、これらの開示を受けられれば、投稿者にたどり着くための手がかりとなることもあります。Xは、令和七年四月に施行された情報流通プラットフォーム対処法において、総務省から大規模な事業者の一つとして指定されており、削除の申出などについては窓口の整備が求められていますが、投稿者を特定するための手続については、以上のとおり、原則として裁判所を通じて段階を踏んで行なうことになります。

ここで特に申し上げておきたいのが、時間との関係です。経由プロバイダが保有するアクセスの記録は、おおむね三か月から六か月程度で消去されてしまうことが多く、この記録が失われてしまいますと、たとえその後に手続を進めても、投稿者にたどり着けなくなってしまいます。Xに対する仮処分と、経由プロバイダに対する開示の手続とを、順を追って別々に行なわなければならないことを考えますと、なおさら早く動くことが重要になります。経由プロバイダに対する手続では、記録が消されてしまわないよう、契約者情報の開示とあわせて、通信記録の保全を求めておくことも考えられます。Xから得られるのがログイン時のIPアドレスにとどまることとあわせて考えますと、投稿を見つけてから実際に動き出すまでの時間の長さが、特定できるかどうかを大きく左右することになります。

一方で、被害に遭われた際に、やってはいけないこともあります。まず、相手のアカウントに対して、ご自身のアカウントから公開で反論をしたり、感情的なやり取りを続けたりすることです。応酬が表に残ってかえって拡散を招くことがありますし、後に開示や損害賠償を求める場面で、ご自身の投稿の当否まで問題にされてしまうこともあります。次に、問題の投稿を、証拠を残さないまま相手に削除させたり、通報して消してもらったりしてしまうことです。投稿が消えてしまうと、そもそも権利の侵害があったこと自体の立証が難しくなりますので、まずは投稿のURLや画面、投稿の日時が分かる形での保存をしておいていただくことが大切です。そして、「必ず特定できます」とうたう業者にもご注意ください。弁護士でない者が報酬を得て開示請求の手続を代行することは、弁護士法(第七十二条)に触れるおそれがあります。

投稿者を特定できた場合には、その方に対して、名誉毀損などの不法行為(民法第七百九条)に基づく損害賠償を求め、また、二度と同様の投稿をしないよう求めていくことになります。開示の手続に要した弁護士費用の一部についても、損害として賠償を求めることが認められる場合があります。費用や期間の見通しについては、投稿の数や内容、相手方の通信会社がどこか、任意の開示に応じるか否かなどによって大きく異なりますので、一律に申し上げることは難しいのですが、Xに対する仮処分と、経由プロバイダに対する開示という二段階の手続を、順を追って別々に進めていくことになりますので、特定までにおおむね数か月から一年程度の時間がかかることも少なくありません。ご相談の際には、想定される手続の流れとあわせて、費用の見込みについてもご説明いたします。繰り返しになりますが、通信の記録が消えてしまう前に着手できるかどうかが、結果を大きく左右します。Xでの誹謗中傷にお困りの際には、まずは投稿の記録を保存していただいたうえで、お早めにご相談いただければと思います。

 

 

投稿者: 弁護士大窪和久

2026.08.10更新

企業のご担当者から、社内の通報窓口をどのように整えればよいか、通報をしてきた社員をどこまで守らなければならないのか、といったご相談を、私もお受けすることがあります。公益通報者保護法は令和七年に大きく改正され、その改正法が令和八年十二月一日から施行されることになりました(施行の期日は、令和七年十二月に公布された政令で定められています)。まず申し上げておきたいのは、この改正によって、通報をした人を保護する仕組みが一段と強化される一方で、企業の側から見ると、対応を誤った場合の責任が重くなり、あらかじめ整えておくべき事柄も増えるということです。他方で、施行まではまだ時間がありますので、今のうちから順を追って準備をしていただければ、慌てる必要はありません。以前のコラムで改正の内容そのものには触れましたが、施行が近づいてまいりましたので、あらためて、企業として今から備えておくべき点を、実務の観点から整理しておきたいと思います。

はじめに、現在の制度を確認しておきます。公益通報者保護法は、労働者などが、勤務先の法令違反にあたる事実を、社内の窓口や監督官庁、報道機関などに通報した場合に、その通報を理由とする解雇その他の不利益な取扱いから通報者を保護する法律です。令和二年の改正(令和四年六月一日施行)により、常時使用する労働者の数が三百人を超える事業者には、通報に適切に対応するために必要な体制を整備する義務(同法十一条二項)と、通報を受け付けて対応する担当者を「公益通報対応業務従事者」として指定する義務(同法十一条一項)とが課されました。この従事者には、通報者を特定させる事項を漏らしてはならないという守秘義務があり、これに違反した場合には刑事罰(三十万円以下の罰金)が科されることがあります。なお、常時使用する労働者が三百人以下の事業者については、これらは努力義務とされています。

そのうえで、令和七年の改正(令和七年六月十一日公布・令和七年法律第六十二号)によって、大きく次のような点が変わります。まず、通報者に対する不利益な取扱いを抑止するための仕組みが強められます。これまでは、通報を理由に解雇や懲戒などの不利益な取扱いをしても、その効力が否定されたり、損害賠償の対象になったりするにとどまっていましたが、改正法では、公益通報を理由として解雇または懲戒を行なった者に対して、刑事罰が科されることになります。報道等によれば、その法定刑は、行為をした個人について六月以下の拘禁刑または三十万円以下の罰金、法人については三千万円以下の罰金とされています。さらに、公益通報をした時からおおむね一年以内にされた解雇・懲戒については、公益通報を理由としてされたものと推定するという、いわゆる立証責任を転換する規定が設けられます。これにより、企業の側で、その解雇や懲戒が通報とは関係のない正当な理由によるものであることをきちんと説明できなければ、違法と扱われやすくなります。

次に、通報を妨げようとする行為への対処も加えられます。誰が通報したのかを詮索する、いわゆる通報者の探索を行なうことが禁止され、また、通報をしないことをあらかじめ約束させるような合意は無効とされます。あわせて、消費者庁による立入検査の権限が新設され、行政の勧告に従わない場合の命令や、その命令に違反した場合の罰則も設けられます。企業の対応が不十分な場合に、行政による関与が強まることになります。また、保護される「公益通報者」の範囲も広がります。現在は、在職中の労働者や、退職後一年以内の退職者、役員などが対象とされていますが、改正により、業務委託を受けて働くいわゆるフリーランス(特定受託事業者)なども保護の対象に加えられる予定です。社外の委託先も視野に入れて、通報の受付や周知のあり方を考えておく必要があります。

こうした改正を前に、企業の側でやっていただきたくないことを申し上げます。まず、通報をしてきた社員を、それを理由に配置転換したり、退職に追い込んだり、人事評価で不利に扱ったりすることです。改正後はこうした行為に刑事罰が伴い得るうえ、先ほどの推定規定によって、通報の後にされた不利益な取扱いは通報を理由とするものと扱われやすくなります。次に、通報者が誰かを社内で探ろうとしたり、「余計なことを外部に言うな」といった口止めをしたりすることも、禁止や無効の対象となりますので、避けるべきです。そして、「うちは従業員が三百人以下だから関係ない」と考えて何もしないことも、おすすめできません。体制整備が努力義務にとどまる小規模な事業者であっても、通報者を不利益に取り扱ってはならないという保護の規定そのものは、規模にかかわらず全ての事業者に及びます。最後に、施行の直前になって慌てて対応しようとすることも、避けたいところです。規程の見直しや社内への周知には、相応の時間がかかるためです。

そのうえで、施行までに備えておくべきことを整理します。体制整備義務のある事業者であれば、まず、現在の内部通報規程が改正法の内容に沿っているかを点検し、必要に応じて改訂することになります。通報を受け付ける窓口が実際に機能しているか、従事者の指定や守秘の取扱いが適切かを確認し、通報者を不利益に扱わないこと、探索や口止めをしないことを、担当部署だけでなく管理職を含めて社内に周知していくことが重要です。保護の対象が広がることを踏まえ、従業員だけでなく、退職した方や業務委託先に対しても、通報窓口の存在や利用の方法を伝える工夫が求められます。なお、この改正にあわせて、企業がとるべき措置を具体的に示す法定の指針も見直されることになっていますので、最終的にはその内容も踏まえて整えていくことになります。三百人以下の事業者においても、努力義務ではありますが、これを機に最低限の窓口と規程を整えておくことは、社内の不正を早期に発見し是正するという点でも意味があると考えます。

規程の整備や研修にどの程度の手間や費用がかかるかは、会社の規模や、現在の体制がどの程度整っているかによって大きく異なりますので、一律に申し上げることは難しいところです。ご相談をいただければ、貴社の現状をうかがったうえで、施行までに何を優先して行なうべきか、想定される進め方とあわせてご説明いたします。公益通報への対応は、いざ通報が寄せられてから慌てて整えようとしても間に合わないことが少なくありません。施行までまだ時間のある今のうちに、社内の体制を一度点検しておかれることをおすすめします。ご不明な点や、体制整備の進め方についてお考えの際には、まずはお早めにご相談いただければと思います。

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■ 内部リンク(本文末・実URL)
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公益通報者保護法改正により通報者に対する(不)利益な取扱いからの保護・救済が大幅強化されました

【最高裁判例】正社員と契約社員の退職金・賞与の格差が不合理か否か



投稿者: 弁護士大窪和久

2026.08.03更新

親御さんが亡くなられて相続をどう進めればよいか分からないというご相談や、以前に相続が起きたものの、そのままにしてある不動産があるというご相談をお受けすることがあります。相続に関する法律は、平成三十年から令和にかけて大きく改正され、その後も見直しが続いています。まず申し上げておきたいのは、これらの改正の中には、手続を放置していると不利益を受けたり、過料を科されたりしかねないものが含まれているということです。他方で、正しく理解して早めに動いていただければ、過度に慌てる必要はありません。この機会に、相続法の改正が実務でどう変わったのか、そして今、特に気をつけていただきたい点を整理しておきたいと思います。

はじめに、少し前の改正になりますが、遺言と遺留分について確認しておきます。まず遺言については、以前のコラムでも触れたとおり、自筆証書遺言に添付する財産目録を手書きではなくパソコンなどで作成できるようになり(平成三十一年一月十三日から)、また、法務局で自筆証書遺言を保管してもらえる制度も始まりました(令和二年七月十日から。「法務局における遺言書の保管等に関する法律」)。自宅で保管する自筆証書遺言には、紛失や改ざん、あるいは死後に発見されないおそれがありますが、法務局の保管制度を利用すれば、こうした心配を避けることができ、家庭裁判所の検認の手続も不要になります。次に遺留分についてです。令和元年七月一日以降に亡くなった方の相続については、いわゆる遺留分の制度が大きく変わりました(民法千四十六条)。以前は「遺留分減殺請求」といって、遺贈や贈与された財産そのものを取り戻すという考え方でしたが、現在は「遺留分侵害額請求」といい、侵害された遺留分に相当する金銭の支払を求める権利へと改められました。これにより、不動産などが相続人同士の複雑な共有状態になることを避けやすくなっています。もっとも、この権利には期間の制限があり、相続の開始と遺留分を侵害する遺贈・贈与があったことを知った時から一年以内に行使しなければ、時効によって消滅してしまいますので(民法千四十八条)、この点は注意が必要です。

そのうえで、近年の改正の中で特に気をつけていただきたいのが、遺産分割の「十年ルール」と、相続登記の義務化です。

まず、遺産分割についてです。令和五年四月一日に施行された民法の改正により、相続が開始した時から十年を経過した後にする遺産分割については、原則として、特別受益(生前贈与などを受けていたこと。民法九百三条)や寄与分(被相続人の財産の維持・増加に特別の貢献をしたこと。民法九百四条の二)を主張することができなくなりました(民法九百四条の三)。これらは、本来であれば各相続人の取り分を具体的な事情に応じて調整するための仕組みですが、相続開始から十年が過ぎると、原則として法定の相続分(あるいは遺言による指定相続分)で分けることになるわけです。しかも、この十年ルールは、令和五年四月一日より前に発生していた相続にも適用されます(ただし、施行の時点ですでに相続開始から相当の年数が経っている場合には、施行の時から少なくとも五年間の猶予が設けられています)。長年にわたって遺産分割を先延ばしにしてきた場合、「自分が親の面倒をみてきた」「他の相続人が生前に多額の援助を受けていた」といった事情を主張できなくなってしまうおそれがありますので、心当たりのある方は早めに手を着けていただくのがよいと思います。

次に、相続登記の義務化です。令和六年四月一日から、不動産を相続で取得した相続人は、自己のために相続の開始があったことを知り、かつその不動産の所有権を取得したことを知った日から三年以内に、相続登記の申請をしなければならないことになりました(不動産登記法七十六条の二)。正当な理由なくこれを怠った場合には、十万円以下の過料が科されることがあります。そして注意していただきたいのは、この義務が、令和六年四月一日より前に相続が発生していた不動産についても及ぶという点です。この場合は、施行日である令和六年四月一日から三年以内、すなわち令和九年三月三十一日までに登記をする必要があります。「昔亡くなった親の名義のままになっている土地がある」という場合も対象になりますので、注意が必要です。もっとも、遺産分割がまとまらないなど、すぐに正式な相続登記ができない事情がある場合には、「相続人申告登記」という簡易な手続をとることで、とりあえず登記の義務を果たしたものと扱ってもらうことができます(不動産登記法七十六条の三)。これは、自分がその被相続人の相続人であることを法務局に申し出るだけのもので、過料を避けるための暫定的な手段として利用できます。ただし、これはあくまで暫定的なものであり、最終的には遺産分割を経て正式な相続登記をする必要がありますので、この点は誤解のないようにしていただきたいところです。

こうした手続を進めるにあたって、やっていただきたくないのは、やはり放置してしまうことです。相続をそのままにしておくと、その間に相続人のどなたかが亡くなって次の相続が重なり(いわゆる数次相続)、関係者が二十人、三十人と膨れ上がって、話し合い自体が極めて困難になってしまうことが少なくありません。また、感情的な対立から一部のご親族だけで話を進めようとして、かえってこじれてしまう例もよく見受けられます。費用や期間については、遺産の内容や相続人の数、争いの有無によって大きく異なりますので一律に申し上げることは難しいのですが、遺産分割の話し合いがまとまらず調停や審判に至る場合には、相応の時間がかかることが見込まれます。ご相談の際には、想定される手続の流れとあわせて、費用の見込みについてもご説明いたします。相続は、時間が経つほど関係者が増え、資料も集めにくくなり、選べる手段も狭まっていきます。相続のことでご不安がある場合には、まずはお早めにご相談いただければと思います。

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■ 関連コラム
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遺留分について法改正がなされた点及び注意点 
遺言に関する見直しについて 
配偶者居住権について 

投稿者: 弁護士大窪和久

2026.08.03更新

親御さんが亡くなられて相続をどう進めればよいか分からないというご相談や、以前に相続が起きたものの、そのままにしてある不動産があるというご相談をお受けすることがあります。相続に関する法律は、平成三十年から令和にかけて大きく改正され、その後も見直しが続いています。まず申し上げておきたいのは、これらの改正の中には、手続を放置していると不利益を受けたり、過料を科されたりしかねないものが含まれているということです。他方で、正しく理解して早めに動いていただければ、過度に慌てる必要はありません。この機会に、相続法の改正が実務でどう変わったのか、そして今、特に気をつけていただきたい点を整理しておきたいと思います。

はじめに、少し前の改正になりますが、遺言と遺留分について確認しておきます。まず遺言については、以前のコラムでも触れたとおり、自筆証書遺言に添付する財産目録を手書きではなくパソコンなどで作成できるようになり(平成三十一年一月十三日から)、また、法務局で自筆証書遺言を保管してもらえる制度も始まりました(令和二年七月十日から。「法務局における遺言書の保管等に関する法律」)。自宅で保管する自筆証書遺言には、紛失や改ざん、あるいは死後に発見されないおそれがありますが、法務局の保管制度を利用すれば、こうした心配を避けることができ、家庭裁判所の検認の手続も不要になります。次に遺留分についてです。令和元年七月一日以降に亡くなった方の相続については、いわゆる遺留分の制度が大きく変わりました(民法千四十六条)。以前は「遺留分減殺請求」といって、遺贈や贈与された財産そのものを取り戻すという考え方でしたが、現在は「遺留分侵害額請求」といい、侵害された遺留分に相当する金銭の支払を求める権利へと改められました。これにより、不動産などが相続人同士の複雑な共有状態になることを避けやすくなっています。もっとも、この権利には期間の制限があり、相続の開始と遺留分を侵害する遺贈・贈与があったことを知った時から一年以内に行使しなければ、時効によって消滅してしまいますので(民法千四十八条)、この点は注意が必要です。

そのうえで、近年の改正の中で特に気をつけていただきたいのが、遺産分割の「十年ルール」と、相続登記の義務化です。

まず、遺産分割についてです。令和五年四月一日に施行された民法の改正により、相続が開始した時から十年を経過した後にする遺産分割については、原則として、特別受益(生前贈与などを受けていたこと。民法九百三条)や寄与分(被相続人の財産の維持・増加に特別の貢献をしたこと。民法九百四条の二)を主張することができなくなりました(民法九百四条の三)。これらは、本来であれば各相続人の取り分を具体的な事情に応じて調整するための仕組みですが、相続開始から十年が過ぎると、原則として法定の相続分(あるいは遺言による指定相続分)で分けることになるわけです。しかも、この十年ルールは、令和五年四月一日より前に発生していた相続にも適用されます(ただし、施行の時点ですでに相続開始から相当の年数が経っている場合には、施行の時から少なくとも五年間の猶予が設けられています)。長年にわたって遺産分割を先延ばしにしてきた場合、「自分が親の面倒をみてきた」「他の相続人が生前に多額の援助を受けていた」といった事情を主張できなくなってしまうおそれがありますので、心当たりのある方は早めに手を着けていただくのがよいと思います。

次に、相続登記の義務化です。令和六年四月一日から、不動産を相続で取得した相続人は、自己のために相続の開始があったことを知り、かつその不動産の所有権を取得したことを知った日から三年以内に、相続登記の申請をしなければならないことになりました(不動産登記法七十六条の二)。正当な理由なくこれを怠った場合には、十万円以下の過料が科されることがあります。そして注意していただきたいのは、この義務が、令和六年四月一日より前に相続が発生していた不動産についても及ぶという点です。この場合は、施行日である令和六年四月一日から三年以内、すなわち令和九年三月三十一日までに登記をする必要があります。「昔亡くなった親の名義のままになっている土地がある」という場合も対象になりますので、注意が必要です。もっとも、遺産分割がまとまらないなど、すぐに正式な相続登記ができない事情がある場合には、「相続人申告登記」という簡易な手続をとることで、とりあえず登記の義務を果たしたものと扱ってもらうことができます(不動産登記法七十六条の三)。これは、自分がその被相続人の相続人であることを法務局に申し出るだけのもので、過料を避けるための暫定的な手段として利用できます。ただし、これはあくまで暫定的なものであり、最終的には遺産分割を経て正式な相続登記をする必要がありますので、この点は誤解のないようにしていただきたいところです。

こうした手続を進めるにあたって、やっていただきたくないのは、やはり放置してしまうことです。相続をそのままにしておくと、その間に相続人のどなたかが亡くなって次の相続が重なり(いわゆる数次相続)、関係者が二十人、三十人と膨れ上がって、話し合い自体が極めて困難になってしまうことが少なくありません。また、感情的な対立から一部のご親族だけで話を進めようとして、かえってこじれてしまう例もよく見受けられます。費用や期間については、遺産の内容や相続人の数、争いの有無によって大きく異なりますので一律に申し上げることは難しいのですが、遺産分割の話し合いがまとまらず調停や審判に至る場合には、相応の時間がかかることが見込まれます。ご相談の際には、想定される手続の流れとあわせて、費用の見込みについてもご説明いたします。相続は、時間が経つほど関係者が増え、資料も集めにくくなり、選べる手段も狭まっていきます。相続のことでご不安がある場合には、まずはお早めにご相談いただければと思います。

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■ 関連コラム
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遺留分について法改正がなされた点及び注意点 
遺言に関する見直しについて 
配偶者居住権について 

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