弁護士大窪のコラム

2020.07.25更新

 新型コロナウイルス感染症に伴い、収入が減少してしまったという方は多いですが、そのような弱みにつけ込んだ悪質商法が後を絶ちません。

 国民生活センターによれば、受給資格のない人に持続化給付金の不正受給を持ちかける勧誘が多数報告されているとのことです。持続化給付金の受給申請の為には自らが事業を行なっていることが必要ですが、「サラリーマンでも無職でも100万円の持続化給付金が受け取れる」「事業をしていることにして、申請を代わりに行なう会社にお願いすれば持続化給付金がもらえる」などといって、本来であれば受給資格の無い人に勧誘をかけます。その上で、勧誘に乗ってしまった人から受給した持続化給付金の何割かを手数料として受け取るというものです。

 このように、受給資格が無いにも関わらずあたかも事業者を装い受給資格があると偽って持続化給付金の給付申請を行なうことは詐欺罪に該当しますし、誘いを持ちかけた方が逃れてしまい、申請者のみが犯罪の責任を問われるということは十分あり得ます。まったく割に合わない行為ですので絶対に誘いに乗らないようにしてください。

 また、東京都消費生活総合センターによれば、「新型コロナウイルス感染症の影響で収入が減ったため、副業や内職を探していたらトラブルにあった」という相談が増加しているとのことです。パターンとしては、動画サイトの広告やランキングサイト等をみて事業者のサイトでSNS登録をするよう促され、やりとりをする中で高額な情報商材を売りつけられるといったもののようです。以前から情報商材として、最初は安い1万円から数千円程度のものを売り、興味を持った人に数十万円以上の価格のもの(内容は宣伝とはかけ離れた物であることが多いです)をカードを使わせるなどして売りつけるというトラブルはありますが、新型コロナウイルスで収入が減少したところを狙われているようです。情報商材で「簡単に稼げる・儲かる」と言われて実際に儲かるものは皆無といっても過言ではありません。通常であればそのような話には引っかからないところ、現在のような状況ではつい引っかかってしまうということもあるでしょう。

 紹介してきた悪質商法については最初から関わらないのが一番ですが、取引に応じてしまった様な場合については、少しでも被害を少なくするために早めに消費者センターや法律事務所に相談して、問題を解決するようにすることを強くお勧めいたします。

投稿者: 弁護士大窪和久

2020.07.03更新

 新型コロナウイルスに便乗した詐欺事件が増加しています。朝日新聞の報道によれば、新型コロナウイルスに便乗した詐欺事件(未遂を含む)の被害は今年の3月上旬から5月17日までの間に、16都道府県で39件確認されており、被害額は約3550万円にのぼっているとのことです。

 典型的な手口としては、特定定額給付金の手続の代行を行なうのでATMに手数料の振り込みを求めるであるとか、申請手続のために口座番号・暗証番号等個人情報を聞き出すなどです。そもそも特定定額給付金の申請は市町村から各世帯へ郵便で送付される申請書に記入し申請するか、「マイナポータル」によるオンライン申請のいずれかしかありません。また、役所の担当者が申請手続のために手数料の振り込みを求めるであるとか、個人情報を聞き出すということは絶対にありません。

 上記のような電話やメールなどが来た場合、まず間違いなく詐欺ですので警察や消費生活センター等に相談することをお勧めいたします。また、仮に実際に手数料の振り込みを行なってしまったりした場合でも、早期の段階であれば振り込め詐欺救済法による銀行口座凍結等により、被害回復ができる場合もありますので、なるべく早めに相談にいくことをお勧めいたします。

 また、給付金等の支給を受けられると騙った偽サイトにも注意が必要です。既に行政機関を騙った偽サイトが多数存在しているようです。また、サイトだけではなく偽の申請アプリ等が出現する可能性も否定できません。これらのサイト等はクレジットカード情報等を取得した上でそれを盗用するためにつくられているものです。給付金の支給のためにクレジットカード情報を入力する必要はありませんので、絶対に入力しないで下さい。仮に入力してしまった場合でも、早期であればカード会社によるチャージバックの手続などにより被害を防げる場合もありますので、なるべく早めに警察や消費生活センター等に相談することをお勧めいたします。

 上記の手口以外にも、新型コロナウイルスに便乗した詐欺の発生することが懸念されています。不審な電話やメールがきたり、不審な人物が自宅に訪問してくるような場合には、その場で何かを決めるのではなく、家族、知人、あるいは消費生活センター等に相談しましょう。

投稿者: 弁護士大窪和久

2020.05.26更新

 インターネットに関する相談の中で、近年一番多いのがSNSによる誹謗中傷になります。SNSによる投稿は匿名で行うことができ、かつ匿名で行った投稿が誰のものかについては少なくともすぐには判明しないことから、それをいいことに誹謗中傷を行う人が後を絶ちません。

 SNSで誹謗中傷されたときに、やってはならないことがあります。それは「誹謗中傷の投稿に対してインターネット上で反応してSNSで投稿をしてしまうこと」です。

 誹謗中傷の投稿を行う人が期待しているのは、投稿の対象者が自分の投稿に対して何らかの反応をすることです。そしてその投稿を燃料として、更に誹謗中傷の投稿を重ねていくことになります。またその様子をみていた第三者が、加えて誹謗中傷の投稿を行い、炎上がどんどん続いていくことになります。誹謗中傷の投稿に対して反論を加えたくなる気持ちは理解できますが、かえってインターネット上の炎上を広げてしまう危険があります。

 また、誹謗中傷の投稿に対して、法的手続をとると言及することも実はリスクがあります。誹謗中傷の投稿の投稿者の特定を行うとしても、SNSの運営者やプロバイダに対して開示請求を行うにも時間がかかります。法的手続を実際に進めていたとしても、それが相手には分からないため、「口だけで何もしてこない」と書かれた上更に炎上してしまうことがあります。仮にインターネット上で誹謗中傷の投稿に対して法的手続の報告をとるとしても、投稿者を特定して法的手続をとった後にした方が無難です。

 SNSで誹謗中傷がされたときにはそれに対して反応してすぐ投稿を行うよりも、運営者に対して誹謗中傷の報告を行ったり、法的手続をとることの方が効果的です。法的手続を弁護士に依頼すれば投稿削除や被害回復へ繋げていくこともできますので、まず弁護士に相談されることをお勧めいたします。

(弁護士 大窪 和久)

投稿者: 弁護士大窪和久

2020.03.18更新

 2020年4月1日より改正民法が施行されます。今回の改正は大規模改正であり多くの点が変わっておりますが、その中でも特に気をつけておく必要のある消滅時効の期間の変更について簡単に説明致します。

1 消滅時効期間の変更

 消滅時効とは、権利を行使しないまま一定期間が経過した場合に、その権利を消滅させる制度です。これまでは、原則として「権利を行使することができる時から10年」経過した場合に消滅時効が成立することになっていました。但し、例外が多数定められていました。例えば飲み屋のツケは1年で時効が成立したり、弁護士報酬については2年で時効が成立するということになっていたのです。

 改正後は、シンプルに統一化し、消滅時効期間は原則として「権利を行使することができることを知った時から5年、または権利を行使することができる時から10年」となりました。例えば貸金の場合、契約上返済期限は定まっているのが通常ですから、返済期限がきてから5年間経過してしまうと消滅時効が成立してしまい貸主が返済を求めることができなくなってしまいます。

2 生命・身体の損害による損害賠償請求権の時効期間の特則

 法改正により、生命・身体の損害が生じた場合の損害賠償請求については、通常より時効期間を延長させる(消滅時効期間を「権利を行使することができることを知った時から5年、または権利を行使することができる時から20年」とする)という特則が設けられました。詳しくは下記の通りです。

(1)契約責任に基づく損害賠償請求の場合

 例えば、会社で従業員が過労死し、会社は過大な労働をさせたとして契約上の安全配慮義務違反があったとして従業員の遺族に損害賠償しなければならないとします。前記の通り法改正後の消滅時効期間は原則「権利を行使するができることを知った時から5年、または権利を行使することができる時から10年」ですが、このケースのように契約上の義務違反により生命・身体の損害が生じた場合には、「権利を行使することができることを知った時から5年、または権利を行使することができる時から20年」の間は消滅時効が成立しないことになります。

(2)不法行為に基づく損害賠償請求の場合

 例えば、自動車事故により被害者が亡くなり、運転者側が被害者の遺族に対し損害賠償しなければならないとします。自動車事故のような不法行為の損害賠償請求の時効期間は原則「権利を行使することができることを知った時から3年、または権利を行使することができる時から20年」ですが、生命・身体の損害が生じた場合には、法改正により上記契約責任の場合同様「権利を行使することができることを知った時から5年、または権利を行使することができる時から20年」の間は消滅時効が成立しないことになります。

3 消滅時効については、2020年4月1日の法施行日の前に生じた債権、および施行日以後に生じた債権でもその原因である法律行為が施工日前になされていたものについては、改正前の民法の時効期間が適用されることになります。

 よって2020年4月1日以降、消滅時効期間がどうなるかについては契約時期等により異なることになりますので注意が必要です。

投稿者: 弁護士大窪和久

2020.01.28更新

 近時民法など相続に関する法律が大きく改正され相続に関するルールが変わっています。この記事では2019年7月1日の法施行により内容が変わった遺留分について、改正がなされた点及び注意点を簡単に説明します。

1 遺留分について変わった点1 遺留分減殺請求から遺留分侵害額請求へ
 遺留分とは、亡くなった人(被相続人)の相続財産について、被相続人の兄弟姉妹以外の法定相続人に法律上最低限保証された相続分のことを指します。
 この遺留分を侵害された場合、法改正前には相続人は「遺留分減殺請求権」を行使することができ、遺言による贈与自体が一部無効になるという効果が生じます。その結果、不動産が共有となってしまい、その後問題の解決の為に不動産の共有物分割請求という手続をとる必要がありました。
 このため、例えば被相続人が事業承継のため子どもに事業財産を遺贈した場合、それを良く思わない他の相続人から遺留分減殺請求がなされることによって、事業財産が共有になってしまい事業承継が上手くいかないといった事態が生じたりしていました。
 このような事態を解消するため、法改正により2019年7月1日以降に亡くなった人の関係では、遺留分が侵害された場合には「遺留分侵害額請求権」を行使することができるとされ、遺留分の侵害額に相当する金銭の請求をすることができることに変更されました。したがって、前記のような場合事業財産の共有という事態は生じなくなりました。もっとも金銭請求のみという形に変わったことで、支払が難しいという人が出てくることにも配慮して、裁判所が支払について相当の期限を許与することができるという条文も新設されてます。

2 遺留分について変わった点2 遺留分算定方法の見直し
 遺留分を算定するための財産価額は、法改正前には次のように算定していました。

相続開始時の資産-負債+相続人への生前贈与額(期間制限なし)+第三者への生前贈与(原則1年以内)
 しかし、法改正により2019年7月1日以降に亡くなった人の関係では、相続人への生前贈与について原則として相続開始の10年前からに限定されることになったので、法的な安定性が増しました。

3 遺留分についての注意点
 上記の通り、2019年7月1日より前か後かによって、遺留分によって請求できる権利の内容が変わりましたので、権利行使については留意する必要があります。
 また、遺留分については相続の開始及び遺留分を侵害する行為があることを知ったときから1年で消滅時効にかかり、権利行使できなくなるということは特に注意すべきことで、これは法改正によって変更はありません。ただ、法改正により遺留分侵害額請求権を行使した結果、金銭債権が生じることになりますが、この金銭債権についても消滅時効の問題があることには気をつける必要があります。金銭債権の消滅時効についても民法改正があり、改正法施行の2020年4月1日より前は10年と定められていますが、それ以降は5年と半分になってしまいます(なお、消滅時効の改正については別途記事を書く予定です)。

 遺留分については金額の算定等難しい点もありますので、権利行使を検討する際には予め弁護士に相談することをお勧めいたします。

投稿者: 弁護士大窪和久

2019.12.09更新

 近時民法など相続に関する法律が大きく改正され相続に関するルールが変わっています。この記事では2020年4月1日より施行される配偶者居住権について簡単に説明します。

 1 配偶者居住権について
 配偶者居住権とは、配偶者が相続開始時に被相続人所有の建物に居住していた場合に、原則として終身その建物に住み続けることができるという権利です。
 改正前に、配偶者が被相続人所有の建物に住み続けるためにはその建物の権利を得るというのが通常でしたが、その場合相続財産の分割で支障がでることがありました。
 例えば、相続人が妻及び子1人のみで、被相続人の遺産が自宅(評価額4000万円)及び預貯金が500万円だった場合、妻と子の相続分は1対1(妻2250万円、子2250万円)ということになります。妻が自宅に住み続ける場合自宅の権利を引き継ぐことになるのが通常ですが、預貯金が500万円しかありませんので、子が自分の相続分が足りないと不満に思い相続財産分割の審判を申立てる可能性があります。そして審判において自宅の売却が決まってしまい、結果妻が住まいを失うということにもなりえます。
 配偶者居住権が新設されたことにより、配偶者居住権は妻、同権利の負担付き自宅の所有権を子が取得するということができるようになりました。配偶者居住権の価値が2000万円だとすると、負担付き所有権の価値は2000万円となり、預貯金を250万円ずつ取得すれば法定相続分通りの相続でも妻が住まいを失うことにはなりません。

2 配偶者居住権の定め方
 配偶者居住権については、被相続人が遺言で妻に権利を遺贈するという形等で、被相続人が内容を定めることができます。
 被相続人が遺言で配偶者居住権について決めていなかったとしても、相続人間で協議して配偶者居住権について定めることができます。また相続人間で協議してまとまらなかった場合でも、遺産分割の審判を行う家庭裁判所が、妻の希望や妻の生活を維持するための必要性の高さなどを考慮して定めることができます。

3 配偶者居住権の注意点
 配偶者居住権で一点注意すべき所は、この権利について登記をしておかないと、建物の所有権を得た第三者にその権利を主張できなくなるという点です。例えば先の例で妻と子が協議を行い、自宅の配偶者居住権を妻が得た後で、子がその自宅を第三者に売却してしまったとします。この場合妻が配偶者居住権についてあらかじめ登記をしておかなかった場合、自宅の所有権を手に入れた第三者に権利を主張できず、自宅に住み続けることができないということになってしまいます。登記をしておかなければいけないという点は特に注意しておく必要があります。
 配偶者居住権は全く新しい制度ですので、遺言作成や相続財産分割の際どのように定めるか分からないということもあると思います。ご不明な点があればお近くの法律事務所に相談されることをおすすめいたします。

投稿者: 弁護士大窪和久

2019.12.02更新

近時民法など相続に関する法律が大きく改正され相続に関するルールが変わっています。この記事では遺言に関して変わったところについて簡単にまとめていきます。

1 自筆証書遺言(自分自身で書く遺言)の作成方法

 自筆証書遺言は法律上で作り方が定められており、それに従わない遺言は効力が認められません。
 従前は、自筆証書遺言については、財産目録を含めた全文を自書した上、日付と氏名を明記し押印したものでなければなりませんでした。法律改正後は遺言本文に添付する財産目録については、自筆ではなくても良いことになり、パソコン等で作成した目録を遺言に添付することができるようになりました。また、不動産の登記事項証明書、預貯金通帳のコピーなどを添付して目録として使用することも可能になりました。
 なお、偽造防止の為、自書によらない財産目録については、各ページに署名押印をしなければいけないことになっています。

2 法務局における自筆証書遺言の保管制度の創設
 2020年7月より自筆証書遺言を作成した人は法務局に遺言書の保管を申請することができるようになります。これまで自筆証書遺言は自宅に保管したり貸金庫に預けたりするような形で自分に保管するのが通常でしたが、それを公的機関である法務局で預かってくれるようになります。
 被相続人本人が亡くなった後、遺言書が保管されているかどうかについて相続人が法務局に問い合わせて調べることもできます。遺言書が保管されている場合には遺言書の閲覧をしたり、写しを交付してもらうこともできます。

3 遺言執行者人の権限の明確化
  遺言執行者とは、遺言の内容を正確に実現させるために必要なことを行う人を指し、遺言の中で被相続人本人が指定することができます。
  旧法では抽象的な規定のみでしか遺言執行者の権限については定められておらず、裁判例により具体化されていました。今回の法改正により遺言執行者の法的地位及び権限が法律上明確にされました。
  また、遺言執行人は財産目録を作成した上で遺言の内容を相続人に知らせることが義務とされました。このことにより、相続人は自分の相続内容について把握しやすくなりました。
  遺言制度に関する見直しが行われたことにより、以前より遺言による相続がやりやすくなりました。遺言の作成等ご不明な点があればお近くの法律事務所に相談されることをおすすめいたします。

投稿者: 弁護士大窪和久

2019.02.07更新

2019年2月7日付朝日新聞朝刊「ニッポンの宿題 弁護士、半分が東京に」にて、私が弁護士偏在問題についてインタビューを受けた記事が掲載されております。

このインタビュー記事がネットの方にも掲載されています(有料記事)

これまでの経験を踏まえて話をさせていただきましたので、ご一読頂ければ幸いです。また、飯先生のインタビューもこれまでの司法過疎対策の歴史を踏まえたものですので、あわせて読んでいただければと思います。

 

投稿者: 弁護士大窪和久

2018.11.09更新

 現在、裁判手続のIT化が現実化しようとしています。

 2017年6月9日に閣議決定された「未来投資戦略2017」のなかで、「迅速かつ効率的な裁判の実現を図るため、諸外国の状況も踏まえ、裁判における手続保障や情報セキュリティ面を含む総合的な観点から、関係機関等の協力を得て利用者目線で裁判に係る手続等のIT化を推進する方策について速やかに検討し、本年度中に結論を得る。」とされたことをうけて、2017年10月から8回にわたり裁判手続等のIT化検討会が開かれました。議論の内容等については公開されています。

 同検討会の議論を経て、2018年3月30日に「裁判手続等のIT化に向けた取りまとめ」がなされました。同とりまとめでは、「3つのe」、すなわちe提出(オンラインによる提出)、e法廷(テレビ会議やウェブ会議の活用の大幅拡大)、e事件管理(電子情報での事件管理及び情報へのオンラインのアクセスを実現)を実現し、民事訴訟手続の全面的なIT化を目指すとしています。この取りまとめを受けて、日本弁護士連合会も「裁判手続等のIT化の取組を迅速かつ積極的に行っていく」として、単位会からの意見を取りまとめたうえ最高裁や法務省と協議を進めているところです。

 一方、札幌弁護士会は先日裁判手続等のIT化について、司法過疎地の切り捨てのおそれがあること等から、拙速な検討を行うべきではないとの会としての意見書をだしました。またこの意見書の中では、「現在の技術水準の程度のテレビ会議・ウェブ会議のシステムを前提にする限り、裁判官と当事者・代理人が、直接会うことと同じレベルで接して感得することは到底期待し難い。あたかも現実に会って訴訟活動を遂行しているのと同様の効果が期待できるVR等の技術を活用するならばともかく、現状の技術水準でe法廷を推進することは、裁判の本質を不当に変質・劣化させかねず、妥当ではない」とも書かれており、事実上e法廷の導入を否定する見解を表明しています。

 私はこれを読んで非常に驚きました。なぜなら、裁判手続等のIT化、特にe法廷の恩恵を一番受けるのは、まさに北海道の司法過疎地の住人であると思うからです。私は北海道の司法過疎地である旭川地方裁判所紋別支部管内で3年間、同裁判所名寄支部管内で5年間仕事をさせていただいておりましたが、支部管内住民にとって「裁判所が遠い」ということが司法アクセスへの大きな壁になっていることをこの目でみてきました。

 たとえば紋別の住人が札幌地方裁判所で裁判を起こされた場合、裁判所まで片道4~5時間かけていく必要がでてきます。道外で訴訟を起こされた場合更に時間と費用を要します。逆に訴訟を起こしたくても、裁判管轄が地元の裁判所でなければ、訴訟を起こすこと自体躊躇せざるを得ないのが現状です。更に紋別や名寄という支部では裁判官が一人だけで合議が組めない事などの事情から扱える事件が限られているという問題もあります。

 更に問題なのが独立簡裁です。旭川本庁から180キロ離れており、どの旭川の地裁支部(稚内・名寄・紋別)からも100キロ以上離れている中頓別簡易裁判所という独立簡裁があります。旭川から中頓別まで繋ぐ鉄道は廃止されており、移動手段は自動車しかありません。冬場になると地吹雪の中峠を越えなければならず、自家用車による移動すらままならないことも珍しくはありません。そして、この独立簡裁は、少し前までは電話会議システムすらなく、裁判所を利用しようとする当事者は裁判所への出頭を余儀なくされていました。

 こうした場所的遠隔を乗り越えるための手段として、数多くの国で裁判手続でテレビ会議・ウェブ会議を活用しています。私は北海道にいる間、隣国ロシア(サハリン及びウラジオストク)に北海道弁護士会連合会の北方圏交流委員会のメンバーとして何回か訪れ、ロシアの裁判所や検察庁、法律事務所等を見学する機会をいただきました。そして訪問するたびに、裁判手続のIT化が進んでいっており、日本がこれから実現しようとする「3つのe」については既に実現しています。テレビ会議システムも各法廷に備わっており、例えばウラジオストクにある高等裁判所の事件についてサハリンの地方裁判所とつなぎ、当事者はサハリンの地方裁判所にいながら高裁の弁論を行うことが可能です。

 私はこうしたシステムがあれば、場所的遠隔のため司法サービスを受けられない人、特に司法過疎地の人が救われると思いましたし、このようなシステムが一日も早く日本で導入されるべきだと考えています。そのため北海道の司法過疎地での上記問題およびこれを乗り越える手段となりうる隣国ロシアでの取り組みについて、各所で伝えてきました。5年前には日本裁判官ネットワークのシンポジウム「地域司法とIT裁判所」に参加して発表させていただく機会もありました。なおこのシンポジウムの内容は判例時報2212、2213号に掲載されていますので興味のある方は是非ご一読ください。

 こうした司法過疎地での問題を抱え、かつ北方圏交流委員会の活動を通して隣国ロシアの司法状況についても日本で一番情報を有しているはずの北海道の弁護士が事実上e法廷の導入を拒否するというのは正直理解に苦しむというよりありません(なお札幌は地裁本庁のある札幌市には弁護士が集中していますが、公設事務所も設置されている司法過疎地が地裁管内にあり、司法過疎地の問題は他人事、というわけでは当然ありません)。

 札幌弁護士会の意見書で裁判手続のIT化が司法過疎を促進するという理由は二つあげられています。一つ目の理由として、IT化されれば裁判所の機能が大規模庁に集約されてしまうおそれがあることをあげています。この点、北海道ではこれまで裁判所の機能が集約されてきたのは事実であり、例えば地裁支部では執行事件の取り扱いをやめるようになりました。この時に裁判所側は、執行事件は郵送で対応できるので集約しても弊害はないということを言ってましたので、IT化を理由として同じようなことを言われることを危惧しているのかもしれません。しかし裁判所機能集約とIT化は別の問題です。例えば執行事件が集約されるおそれがあるからといって、執行に関する書類の郵送での受理を取りやめるということにはならないでしょう。

 札幌弁護士会の意見書では、「訴訟当事者・代理人も出頭を要しない手続が拡充されると、弁護士の東京への一極集中化をもたらしかねず、司法過疎地がますます広範囲になる」ということも理由としてあげています。しかしながら、e法廷はあくまでも裁判手続内の問題であり、利用者がどこの弁護士を選任するかという問題とは直接関連しません。むしろe法廷が実現すれば道内(とりわけ司法過疎地)の弁護士にとっても遠隔地の事件を受任しやすくなり、その結果地元の方にとってもメリットがあるのではないでしょうか。

 私が危惧するのは、司法過疎地の現場を抱える北海道の弁護士が裁判手続のIT化、とりわけe法廷の導入に消極あるいは反対意見を出すことにより、司法過疎地の裁判所にはe法廷が導入されないという事態が生じないだろうかという点です。現に裁判所は中頓別簡易裁判所のように電話会議システムを長きにわたり簡裁に設置しなかったり、現行法上も設置することが認められているテレビ電話会議システムを地裁支部に設置しないということを行ってきました。これと同じことが裁判手続等のIT化でもまた繰り返され、「裁判手続のIT化から司法過疎地が切り捨てられる」ことのないよう願うばかりです。

投稿者: 弁護士大窪和久

2018.10.03更新

 近年インターネットの誹謗中傷の被害が増えていますが、その一方でインターネットの投稿・記事の削除請求を代行する業者も存在しています。
 

 しかしながら、昨年2月に東京地方裁判所は、ネット削除業者の行った「削除代行」は弁護士以外に行うことが法律上禁じられている「非弁行為」に該当することから、依頼者との間の契約は無効となるとした上、ネット削除業者に対して依頼者に代金全額の返還を命ずる判決を下しました(平成29年2月20日東京地裁判決 判例タイムズ1451号237頁。なおこの判決は確定しています)。
 

 弁護士法72条では、弁護士でないものが報酬を得る目的で法律事件に関して法律事務を取り扱うこと(非弁行為)を禁止しています。そしてこれに違反した場合には弁護士法77条3号により犯罪行為をしたものとして2年以下の懲役又は300万円以下の罰金に処せられることとなっています。
 

 法律上非弁行為が禁止されているのは、法律上の専門知識が担保されていない非資格者が法律問題を扱うことにより、不適切な処理がなされ関係者が被害を受ける危険があるとともに、紛争自体さらに複雑化をしてしまうことがあるからです。私が地方に赴任していた際に取り扱った事件でも、相談に来る前に弁護士資格を有さない者が法律紛争を取り扱ったために紛争が深化してしまっていたケースは多々ありました。そのような事態を防ぐため、法律は厳しい罰則をもって非弁行為を禁じているのです。
 

 上記裁判において被告のネット削除業者は、ネット記事などの削除代行はウェブサイトに対して情報を提供して削除を依頼するという単純かつ画一的な行為であり、専門的知識も不要であるから、法律事件に関する法律事務にはあたらないという主張をしていました。しかし裁判所は、削除依頼は投稿者の権利を行使することによって、ウェブサイト運営者の表現の自由と対立しながらも記事の削除を行い投稿者の権利を守るという効果をもたらすものであるとして、被告のネット削除業者の言い分を全面的に否定しました。
 

 この判決以降、ネット削除業者も表立って自ら削除を行うということを宣伝することは少なくなってきたように思われますが、中には専門家を紹介するなどといってみたり、専門家の名前を借りて削除を行うなどという業者もいますので注意が必要です。上記裁判の被告のネット削除業者も、依頼者に対して難易度の高いものはパートナーの行政書士において削除申請を行わせるなどといっていたようです(なお行政書士も報酬を得る目的で法律事件に関して法律事務を取り扱うことは禁じられております)。
 

 非弁行為を行うネット削除業者に対して依頼を行うことは自ら不利益を被る可能性があるばかりではなく、非弁行為という犯罪に加担することにもなりますので絶対にしてはなりません。ネット上の誹謗中傷の被害にあった場合には専門家である弁護士に直接相談して、説明を受けたうえ納得のいくやり方で依頼するのが良いでしょう。 

投稿者: 弁護士大窪和久

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弁護士大窪のコラム 桜丘法律事務所

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